最近よく話題になる「短鎖脂肪酸」。
腸内環境と深く関わりがあるため、腸活のキーワードとして出てくることもあり、聞いたことがあるかもしれません。
近年、善玉菌などの腸内細菌そのものの重要性とともに、腸内細菌が腸内で産生する物質(ポストバイオティクス)も注目されており、その代表となるのが短鎖脂肪酸です。
この記事では、短鎖脂肪酸とは何なのか、どんな健康効果があるのかについて詳しくお伝えします。
短鎖脂肪酸を増やすための食事についても解説していますので、ぜひ参考にしてください。
短鎖脂肪酸とは
脂肪酸とは脂質を構成する成分で、炭素数の違いから短鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸、長鎖脂肪酸の3つに分類されます。
脂肪酸の中でも、炭素の数が6個以下の脂肪酸を「短鎖脂肪酸」と呼びます。
大腸でさまざまな働きをすることから注目を集める短鎖脂肪酸。
短鎖脂肪酸は食品にも含まれていますが、食品からとった短鎖脂肪酸は小腸で吸収されてしまうため、ほとんど大腸まで到達しません。
腸内細菌のエサである食品を摂取することで、大腸の腸内細菌によって短鎖脂肪酸が産生され、大腸で腸内環境を整えたり、排便を促進するなどの役割を果たしています。
短鎖脂肪酸の種類
腸で作られる主な短鎖脂肪酸は「酢酸」「酪酸」「プロピオン酸」です。
それぞれ働きは異なりますが、健康に良い影響をもたらします。
<酢酸>
酢酸は、日本人の腸内で最も多いといわれている短鎖脂肪酸です。
酢酸は、腸の傷を素早く治す働きがあり、体内に異物が浸入しないようにする腸のバリア機能を保つためにも必要な物質です。
酢酸といえば「お酢」に含まれている成分ですが、食品で摂取しても大腸までは届かず、腸の中の酢酸を増やすことはできません。
腸内にある酢酸は、ほとんど腸内細菌によって産生されたものだと考えられています。
<酪酸>
酪酸菌から作り出された酪酸は、腸の細胞にとって非常に重要なエネルギー源であり、抗炎症作用などさまざまな健康効果があります。
また、酪酸により酸素が消費されることで、腸内の乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌が働きやすい環境になります。
<プロピオン酸>
プロピオン酸はチーズの味や風味に関与する成分で、食品保存料として利用される場合もあります。
有用な生理作用については分かっていないことが多いですが、大腸の細胞から吸収された後、肝臓や筋肉のエネルギー源になります。
腸内フローラとは
人の腸管、特に大腸には1000種類、100兆個もの腸内細菌が生息しています。
この腸内に生息するたくさんの細菌たちが、同じ種類で菌株を作って集まっている様子がお花畑のように見えるとして、腸内細菌叢のことを「腸内フローラ」と呼ぶのです。
腸内細菌の数は年齢によって変わりますが、腸内細菌は生まれてから3歳くらいまでの間に腸内に定着し、その後細菌の種類は一生を通じてあまり変わらないといわれています。
定着後は、食中毒や抗生物質の使用などで腸内環境に大きな変化があっても、時間が経つと元に戻るようになるため、腸内フローラが形成される時期はとても大切です。
また菌が定着した後でも、有用な菌を摂取すると一定期間は腸にとどまるため、継続して摂取することで体に良い影響をもたらします。
腸内フローラと短鎖脂肪酸
腸内フローラの異常は「ディスバイオシス(dysbiosis)」と呼ばれ、健康に長期的な影響を及ぼすといわれています。
代表的なアレルギー疾患であるアトピー性皮膚炎、喘息、食物アレルギーは、発症する前に腸内フローラの異常が認められており、腸内環境が影響している可能性が高いのです。
短鎖脂肪酸は、腸内フローラの改善に役立つとともに、アレルギーの予防、改善にも関与していることが分かっています。
短鎖脂肪酸の働き
短鎖脂肪酸は、大腸で腸内細菌によって産生された後、体内でさまざまな働きをします。
腸内細菌の種類によって産生される短鎖脂肪酸が異なりますが、どれも体に有益な効果をもたらします。
腸内環境を整える
善玉菌によって産生された短鎖脂肪酸は、腸内を弱酸性に保ち、酸性に弱い悪玉菌の増殖を抑えます。
また短鎖脂肪酸には、腸内のバリア機能を強化し免疫を活性化させる働きがあると知られており、細菌による感染の予防に関わっていることも分かっています。
便秘を防ぐ
大腸は、腸の内容物を蠕動運動(ぜんどううんどう)によって先に送り、便を形成しています。
短鎖脂肪酸はこの蠕動運動を活発にして、排便を促す働きがあるとされています。
腸の動きが活発になることで、排便がスムーズになり、便秘を防げるのです。
便秘とは、長い間便が出ないことはもちろんですが、それ以外に「便を出しにくい」「便が出ていても出し切れていないような気がする」「排便に時間がかかる」という場合でも当てはまるとされています。
腸の蠕動運動が低下すると、大腸の中を便が通過する時間が長くなるため、便の水分が多く吸収されてしまい、硬い便になります。
毎日排便があっても便が硬くて出しにくい場合は、蠕動運動の低下を疑ってみてもよいでしょう。
腸のエネルギー源
大腸で腸内細菌によって産生される酪酸、酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸は、大腸の上皮細胞や肝臓、筋肉のエネルギー源になっています。
中でも酪酸の多くは、大腸の表面にある上皮細胞内で代謝され、大腸が働くための重要なエネルギー源です。
大腸のエネルギー源は酪酸だけではありませんが、酪酸は優先的に使われるため特に欠かせません。
酢酸やプロピオン酸は大腸の細胞から吸収された後、肝臓や筋肉のエネルギー源になります。
肥満予防
短鎖脂肪酸は、食欲をコントロールしたり脂肪の蓄積を抑制したりする働きがあることが、最近の研究から分かってきています。
腸管にある細胞の中には、摂食中枢に作用して食欲をコントロールする働きがあるホルモンが存在し、短鎖脂肪酸はこのホルモンの分泌を調整しているといわれているのです。
また短鎖脂肪酸は、体内で過剰となったエネルギーが脂肪細胞に蓄積するのを抑制する働きがあるとの報告もあり、肥満予防につながっています。
ミネラルの吸収を助ける
カルシウム、マグネシウム、鉄などのミネラルは、体の細胞が正常に働くために必須の栄養成分ですが、体内で作り出すことができず、食事から摂取しなければなりません。
短鎖脂肪酸は、ミネラルが腸内で吸収されるのを促進するといわれています。
ミネラルが不足すると、欠乏症やさまざまな不調が発生しやすくなるため、短鎖脂肪酸をしっかりととって吸収すべきといえるでしょう。
腸内環境を整える習慣
私たちの大腸には1000種類、100兆個以上ともいわれる腸内細菌がすんでいるといわれますが、この細菌たちが元気に働き続けられるかどうかは、生活習慣によって大きく左右されます。
「腸活」という言葉が知られるようになってきましたが、これは腸内環境を整えることを習慣化するものです。
ここでは、腸活を上手に行うための、腸を整える習慣について解説します。
ストレスをためない
私たちの生命活動は自律神経の働きによって支えられています。
自律神経には、活動しているときに優位になる交感神経と、安静時やリラックスしているときに優位になる副交感神経があります。
腸の蠕動運動が活発になるのは、副交感神経が優位な状態のときです。
通常は生活に合わせてこの2つの神経が上手に切り替わりますが、自律神経が乱れていると切り替えがうまくいきません。
ストレスは自律神経が乱れる大きな原因となり、不安や緊張などの心理的なものに影響を受けることが多いとされています。
また、睡眠不足もストレスになりやすいため、十分な睡眠時間の確保と睡眠の質の向上を意識しましょう。
運動習慣
腸内環境に良い影響を与える運動習慣とその効果は大きく2つあります。
1つ目は、ウォーキングなどの有酸素運動です。自律神経が整い、腸の蠕動運動が良好になります。
2つ目は、おなか周りの筋肉(腹筋や腸腰筋)を付ける運動です。腹圧がかけやすくなり、排便がスムーズになります。
運動は習慣にして毎日続けることが大切なので、できることから始めましょう。
食生活の見直し
腸内環境を整えるには、善玉菌を含む食品をとる方法と、善玉菌のエサである食品を摂取する方法があります。
腸内細菌は、人の体に良い影響をもたらす「善玉菌」、悪い影響をもたらす「悪玉菌」、どちらでもない「日和見菌」の3グループに分けられます。
理想的な割合は「善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7」といわれており、良い腸内環境のためには善玉菌が悪玉菌より優勢な状態を作ることが大切です。
短鎖脂肪酸を増やす食べ物
短鎖脂肪酸は食品にも含まれていますが、食品からとった短鎖脂肪酸は小腸で吸収されてしまうため、ほとんど大腸まで到達しません。
短鎖脂肪酸を産生する善玉菌や、善玉菌のエサとなる食品を摂取して腸内で増やしていくことが大切です。
善玉菌を含む食品
善玉菌として広く知られているのは、乳酸菌、ビフィズス菌、酪酸菌です。
<乳酸菌・ビフィズス菌>
乳酸菌とビフィズス菌は腸内環境を整えるのに有効であり、一緒にされることが多いですが、すんでいる場所や産生する菌が異なります。
ビフィズス菌は乳酸菌と短鎖脂肪酸の一つである酢酸を産生します。
乳酸菌は乳酸を産生し、直接短鎖脂肪酸を産生することはありません。
しかし、乳酸菌が産生した乳酸は大腸の腸内細菌によって短鎖脂肪酸に代謝されるといわれています。
最終的にはどちらも短鎖脂肪酸を増やす働きがあるため、積極的にとりましょう。
乳酸菌を含む食品…ヨーグルト、チーズ、キムチや野沢菜漬けなどの漬物など
ビフィズス菌を含む食品…直接とれる食品は少なく、ビフィズス菌が含まれているヨーグルトや乳酸菌飲料など
<酪酸菌>
酪酸菌は腸内で酪酸や酢酸を作り出し、悪玉菌が増えるのを防ぎます。
酪酸菌はぬか漬けや臭豆腐などに含まれています。
乳酸菌はヨーグルトをはじめ、さまざまな発酵食品に含まれていますが、酪酸菌はにおいが独特であり、これらの限られた食品に含まれている程度です。
酢酸はビフィズス菌にも作れますが、酪酸を作れるのは酪酸菌だけで、乳酸菌やビフィズス菌は酪酸を作ることができません。
善玉菌の種類と特徴
乳酸菌 | ビフィズス菌 | 酪酸菌 | |
働き | 乳酸を作る細菌の総称。 | 乳酸、酢酸を作り出す。 | 酪酸を作る細菌の総称。大腸の主要なエネルギー源。 |
作り出す酸の種類 | 乳酸 | 乳酸+酢酸 | 酪酸+酢酸 |
生息している場所 | 小腸下部~大腸 | 大腸 | 大腸 |
善玉菌のエサとなる食品
善玉菌が好んで食べる「エサ」となるのは水溶性食物繊維の多くやオリゴ糖です。
食物繊維は水に溶けやすい「水溶性食物繊維」と、水に溶けにくい「不溶性食物繊維」に大きく分けられます。
多くの水溶性食物繊維は腸内の善玉菌のエサとなって善玉菌を活性化します。
また、水溶性食物繊維の中でも種類ごとに短鎖脂肪酸自体の産生のしやすさが異なっており、発酵性が高いほど短鎖脂肪酸の産生量が多いようです。
発酵性が高い食物繊維には、イヌリン、水溶性ペクチン、グアーガムなどがあります。
<発酵性が高い食物繊維>
・イヌリン・・・菊芋やチコリなど
・水溶性ペクチン・・・熟した果物など
・グアーガム・・・グアー豆など
サプリメントを上手に活用
善玉菌を含む食品は数多くありますが、胃酸によって分解されるため大腸まで届かないことが多くあります。
生きた善玉菌を大腸まで届かせたい場合は、胃酸に強い善玉菌を選ぶようにするか、「生きたまま腸に届く」よう開発されたサプリメントなどを利用するのも一つの方法です。
また、善玉菌を摂取しても、その多くは24時間ほどで体外に排出されてしまうため、十分な効果を得るには毎日続けてとる必要があります。
毎日の食事や乳酸菌飲料、サプリメントなどでこまめに補っていきましょう。
まとめ
脂肪酸の中でも、炭素の数が6個以下の脂肪酸を短鎖脂肪酸と呼びますが、腸内で作られる主な短鎖脂肪酸は「酢酸」「酪酸」「プロピオン酸」です。
短鎖脂肪酸は、大腸で腸内細菌によって産生された後、体内でさまざまな働きをします。
腸内環境の改善に役立つ他にも、腸のエネルギー源になる、ミネラルの吸収を助ける、肥満を予防するなど、腸だけでなく全身の健康に良い影響があります。
短鎖脂肪酸は食品にも含まれていますが、食品から摂った短鎖脂肪酸は小腸で吸収されてしまうため、大腸まで到達しません。
短鎖脂肪酸を産生する善玉菌や、善玉菌のエサとなる発酵性食物繊維を摂取して腸内で増やしていくことが大切です。
善玉菌を摂取してもその多くは24時間ほどで体外に排出されてしまうため、十分な効果を得るには、食事やサプリメントなどから毎日続けてとる必要があります。
福井 美典 /医師(糖尿病専門医・抗加齢医学専門医・救急科専門医・総合内科専門医・栄養療法医・美容皮膚科医)
糖尿病内科・栄養療法・美容皮膚科に従事。
分子栄養学に基づき、不足栄養素を補うことで、 からだの細胞を活性化させる栄養療法を取り入れている。 糖尿病診療においては、からだにやさしい血糖値コントロールを基本に、低糖質・高たんぱく質の食事の大切さを、臨床で自ら栄養指導をしている。 美容皮膚科診療においては、美容施術のみならず、栄養療法を基本としたインナーケアにも尽力している。 公式instagram:https://www.instagram.com/fukuinaika.biyou.eiyou/ 公式HP:https://www.seijinkai-clinic.com/ |
・腸内細菌と健康- e-ヘルスネット – 厚生労働省(令和6年4月1日閲覧)https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-05-003.html
・食物繊維の必要性と健康 – e-ヘルスネット – 厚生労働省(令和6年4月1日閲覧)https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-05-001.html
・乳酸菌 e-ヘルスネット-厚生労働省(令和6年4月1日閲覧)https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/food/ye-026.html
・ビフィズス菌 e-ヘルスネット-厚生労働省(令和6年4月1日閲覧)https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/food/ye-029.html
・慢性便秘症診療ガイドライン2017 – J-Stage https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/109/2/109_254/_pdf